2026年7月27日

「熟柿」読書メモ

佐藤正午「熟柿」を読んだ。
以前から書店で見かけては、表紙がなんとなく気になっていた。内容を事前に全く知らない状態で読み始めたが、ほとんど止まることなく読み終えた。
熟柿というタイトルは、本文中でも触れられているが、「熟した柿の実が自然に落ちるのを待つように、時機が来るのを待つこと」を意味してる。

自分の好きな小説の読み方。全く異なる第三者として登場人物の人生を重ねられること、そして違う人生を追体験する中でも、自分の持つ価値観をその登場人物が持っていたり、それによって救われる時。読んで良かったなと思えたりする。
そういう意味で、熟柿の主人公は何から何まで自分自身とは異なる人生を生きているのだが、読んで良かったなと思えた。

後悔は先に立たないが、後からあれは熟れていない柿だったのだと、熟すまで待つことはできるのだと思えることで、自分自身が救われる場面が人生にはあるような気がする。(ということがちょっとだけわかるような年齢にもなってきた気がする)

時機が来るのを待つ、という価値観が自分自身にも、また関わる人に対してもオプションとしてあるのだよと考えられる人でありたいなと思った。(そういう意味で、久住路さんは素晴らしい)

最後の土居さんとの電話の場面が作中で一番好きなシーンだったかもしれない、長期戦っていいワードだなあと思った。自分との向き合い方も、人との関係性も、短期決戦ではなくて大事なことは長期戦。